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2008年11月

2008年11月27日 (木)

○○指数

テレビやWebの天気予報を見ていると、天気予報に付属する形で○○指数が出ていることがあります。「洗濯指数」とか「素肌乾燥指数」とか。

この○○指数、やりすぎというか余計なお世話というか調子に乗り過ぎというか、そういうのが増えて来ていると思います。

洗濯指数なんてのは、日照時間と温度と湿度と風速なんかを総合的に判断して、洗濯物の乾きやすさを数字で表しているのでしょうから、その正確性(予報としての正確性と、そもそもの指数計算理論の正確性の両方)はおいといて、大物の洗濯計画を立てられるので、まあ役に立つ指数と言っても良いでしょう。

素肌乾燥指数も、それが高ければ外出前にきちんとお手入れして、なんてことが出来ますので、その存在意義はわかります。

わからないのは、ビール指数とか鍋指数とかです。飲食店関係の方は、この指数が高いと仕入れを増やして、なんてことがあるのかもしれませんが、一般には、「ビール指数が高いからビールを飲む」なんてことは全然なく、飲みたいから飲むとか付き合いで飲むとか何となく飲むとかで、ビール指数なんてものは、何の役にも立ってません。

鍋指数の場合は、「鍋指数が高いから、今夜は鍋にしよう」ということで、昼間のうちにスーパーで鍋の材料を買う、なんてことが想定出来なくもないですが、天気予報の鍋指数で献立を決める方なんているんでしょうか。体が温まる料理は鍋だけじゃないですしね。

そもそも、天気予報提供者の側は、どのような理由で○○指数を提示しようとしているんでしょう? 我々の生活にとって便利な指標を提供し、他の天気予報との差別化を図ろうとしているわけですよね? だとしたら、ビール指数なんてのは、便利な指標というところからは外れて、ウケ狙い的差別化に走っているような気がします。

ウケ狙い的な情報を全て否定するつもりはないのですが、昨今の天気予報における○○指数の氾濫を見ていると、「○○指数はどうでもいいから、もっと天気予報の精度を上げろ」と思ってしまうのは避けられません。○○指数に関わっている組織と予報の精度に関連する組織は別かもしれませんが、そう思ってしまうのです。

2008年11月18日 (火)

ハズレ男が多い理由

時々、恋愛相談を持ちかけられることがあります。比較的軽いお悩みから深刻なものまで、程度は様々ですが、相談の主は決まって女性です。男から恋愛相談を持ちかけられた記憶はほとんどありません。

女性からの恋愛相談ですから、基本的には相手は男です。たまにはそうじゃないこともありますけど。で、そういった恋愛相談に登場する男(もちろん、恋愛対称の男のこと)は、ハズレ男である確率が非常に高いと感じられます。感覚的には、90%以上がハズレ男ではないかと思います。

「こんな奴からアプローチされて困っている」といった内容の相談を除いても、つまり、最初からハズレ男認定済みのケースを除いても、90%以上ということです。相談の内容は様々で、これから付き合い始めようか迷ってるとか、付き合い始めたものの・・・とか、別れた方がいいのかもとか、なんですが、その内容によらず、相手の男はハズレ男である確率が高いんですよね。もちろん、世の中の男の90%はハズレである、というわけではないでしょう。

ハズレ男と私が思うのは、私の個人的判断にすぎません。従って、私の判断基準が適正でないがゆえに、「ハズレ率90%」になっている可能性もあります。そういう面もなくはないでしょうが、私としては別の理由の方が大きいのではないかと思っています。

私がその男をハズレと判断するのは、相談者の女性からもたらされる情報のみを根拠としています。たまたまその男を知っているなら別ですが、知らない男に対しての判断なら、唯一の情報源は相談者、ということになります。

おそらく、相談者の女性が私に対して相手の男のことを伝える時に、その情報がハズレ男方向に歪められているのではないかと思われます。相談するってことは、相手に対して何かしらの不満とか不安とかがあることが多いわけで、そういう背景を持ってその男を語ると、どうしても歪みが生じることでしょう。

つまり、相手の男に関すして私が相談者から得た情報は、実際の彼の姿よりも全体的にハズレ男度の高いものになっている、ということです。だから、「ハズレ男率90%」なんてことになるのでしょう。

ということが分かっていても、私は相談者からの情報を、「いやいや、彼からしたら〜〜だから」とか「それは彼に確認した?」などと補正したりはしません。あまりに極端に歪んでいると思ったら、それは補正を試みたりもしますが、基本的にはそのまま受け取ります。

彼女が無意識にせよ、彼をハズレ男方向に歪めて伝えているのであれば、それはそういうことなんでしょう。だったら、「彼はハズレ男だからやめとけ(別れろ)」的アドバイスをするのがよかろう、と思います。

従って、「ハズレ男率90%」であるということは、「止めとけ」「別れろ」方面のアドバイスをする確率も、おおまかには90%ってことです。

2008年11月17日 (月)

コンビニにおける権利と義務

コンビニで可愛い女の子のレジに並んでいる時に、別の店員のおにいちゃんから「お待ちの方、こちらへどうぞ」と言われると、彼には何の罪もなく誠実に仕事をしているだけなのですが、軽くむっとしたりするのは、いい歳してまだまだ人間が出来ていない、というよりは、まだまだ枯れてない証拠、と思いたかったりする昨今です。

昨日は近所のコンビニで、可愛い女の子のレジに並んだのですが(そのコンビニ、女性バイトが可愛い子揃い)、精算中の女性客の後ろに20代男性がいて、さらにその後ろに私が並んでました。そこで、真面目に仕事をしている男子店員(おそらく学生バイト君)がレジを開いて「お待ちの方、どうぞ」。もちろん、私の前に並んでいる男性客が、そのおにいちゃんのレジに行く権利を有しています。

一般的な常識に従って「権利」という表現をしましたが、実際には権利というよりは義務ですね。もし権利なら、彼は私に対して「僕はここに並んでいますから、お先にあちらのレジにどうぞ」と言っても良いのですが、そんな所行が許されないことは言を待ちません。つまり、男性客がおにいちゃんのレジに向かうのは、放棄が可能である権利ではなく、遂行しなければならない義務であると見なされます。

ここで仮定の話ですが、我々が並んでいたのが男性店員のレジで、「こちらへどうぞ」と言ったのが可愛い女性店員だとするならば、私の前の男性客はそのレジに移る権利を有していることになります。権利と義務の逆転が生じるのです。彼は自らの権利を放棄して、私に対して「僕はここに並んでいますから、お先にあちらのレジにどうぞ」と言っても良いのです。私は喜んでその提言を受け入れることでしょう。

現在社会における我々の権利と義務は複雑に絡み合っていて、平等という建前はあっても、社会的立場や利害関係によって微妙に影響を受けることが少なくありませんが、コンビニのレジにおいても、その典型的な例を見る事が出来る、というお話でした。

2008年11月14日 (金)

デモの先頭

しばらく前の平日の昼間、都内某所を歩いていたら、デモ行進に遭遇しました。

どうやら、タバコ販売店やタバコ農家の方々がタバコ税値上げに反対するデモ行進のようでした。乱暴に言うと、「タバコ一箱1000円」に反対ってことです。まあ、彼等にしたら死活問題でしょうから、そういう主張は理解できます。

彼等の主張云々はおいといて、私の興味を惹いたのは、デモ行進の先頭で拡声器を持ってシュプレヒコールの音頭を取っている男です。

「せいふはー、たばこのうかをー、いじめるなーーー!」
「いじめるなー!」

みたいな、私等は相当に気恥ずかしいと思うシュプレヒコールなんですが、それを指揮している男は(場合によっては女のこともあるが)何者なのだろうか、という疑問がふつふつと。

デモ行進のメンバーである、タバコ販売店やタバコ農家の方々とは、明らかに異質な人なので、タバコ販売店にもタバコ農家にも直接の関係はない、そっち方面の人なんでしょうが、「そっち方面の人」じゃわからんですよね。実際分からないんですよ、私は。

彼の職業は? これでいくらもらってるの? デモ支援専業? 本業は普通の会社員? ろーそ関係? みんせー出身? シュプレヒコールの研修なんてあるの? 色んなデモを支援している? そもそもまともに仕事したことある?

などなどという疑問に対して、なんとなく答えは想像出来るものの、きちんとした情報は持ち合わせておりません。

タバコ販売店やタバコ農家の方々の主張には、真摯に耳を傾ける必要があることは否定しませんが、あのシュプレヒコールによって、多くの人がいかがわしさを感じてしまうのも否定できません。そっち系の人達に支援してもらう必要なんかないと思うのですが、まあ、色んな事情はあるんでしょう。

それにしても、デモの先頭の男が「真面目に仕事をしている」風には見えないのは何故なんでしょう。

2008年11月13日 (木)

オバマの恥ずかしいビデオ

「オバマの恥ずかしいビデオ」というタイトルのSPAMメールが届きました。「オバマの恥ずかしいビデオ」という意味の英語ですけどね。

仮にそんなものがあったとしても、私は見たいとは思わないです。もちろん、「マケインの恥ずかしいビデオ」だって見たくありません。「ヒラリー・クリントンの恥ずかしいビデオ」なら、撮影時期によっては検討の余地があります。「ペイリンの恥ずかしいビデオ」ならちょっと興味あります。

ということで、このSPAMの主は何故に「ペイリンの恥ずかしいビデオ」ではなく「オバマの恥ずかしいビデオ」というタイトルにしたのか、さっぱりわからないのであります。

いやまあ、「ペイリンの恥ずかしいビデオ」なら良いってわけじゃありませんが、米国大統領選挙ネタで比較するなら、そりゃあオバマよりはペイリンでしょ。

もし日本で「麻生太郎の恥ずかしいビデオ」とかいうSPAMを出したら、それはそれで、失言とか漢字読み間違いを集めたビデオと解釈され、意外に興味を惹き、SPAMとしての役割を果たすことになるかもしれません。

2008年11月11日 (火)

Google Map 印刷の不思議

Google Mapを使って目的の場所を検索し、印刷したものを持って外出する、なんていうパターンが時々あります。携帯で地図を見るというのもありなのですが、地図を印刷した紙の余白に何かメモしたり、といた使い方も出来たりして、紙は紙で便利なところもあります。

ところで、Google Mapを印刷する時には、目的の地図が出てから「印刷」というところをクリックして、別ウィンドウに印刷に最適化された状態の地図を表示させてから、実際の印刷を行うのですが、印刷された地図を見ると不思議なことがあります。

画面上で見た時には確かに存在しているスケールが、紙には印刷されていないんですよ。スケールってのは、

|------- 200m -------|

こういうようなやつです。実際の見た目は違いますが、わかりますよね。このスケールが印刷されないんですよ。

私の環境で何かしらの問題があるのかとも思いましたが、複数のOSの複数のブラウザで複数のプリンターに出力して、同じ現象が確認されました。もっとも、Windows系OSでInternet Exploreを使って、という、最も多いであろう環境では試してませんが。

みなさん、スケールが印刷されない、という現象に出くわしたことありますか?

1/500とか1/10,000とかいう縮尺は、モニターや印刷条件によって左右されるので表示出来ないのは理解出来るのですが、スケールにはそういう問題はないと思います。スケールが印刷されてなくても、大して困ったことにはならないのですが、どうにも不思議です。

スケールを印刷しないのが仕様なのだとしたら、何故なのか分かりませんし、私の環境が悪いとしたら、どこがどう悪いか見当も付かないし。Google Mapがブラウザにスケールを描画させる時に、おかしなやりかたをしているために(地図をドラッグしてスクロールしても、スケールは動かないので、地図自体とスケールで描画方法が違うのは間違いないでしょう)、印刷時に抜け落ちてしまう、なんていうことかもしれません。

因みにこの現象、いくつかのキーワードでググってみても見つかりませんでした。

2008年11月10日 (月)

電車の英語車内放送

しばらく前から、山手線などの英語車内放送が変わっています。「The next station is Ikebukuro」などと放送しているガイド放送のことです。

比較的最近までは、「Ikebukuro」の部分は日本語的な発音とアクセントで「池袋」と言っていました。現在は「Ikebukuro」という表記を見たアメリカ人が想定するであろう発音とアクセントで「イケブロ」と言っています。

我々からすると、正しいのは当然「池袋」ですが、外国人旅行者などに対して「池袋」と言っても、彼らの持っているガイドブックに記載されている「Ikebukuro」のこととは認識してもらえないかもしれません。そういう意味では、英語的な発音とアクセントで「イケブロ」と言う方が親切でしょうね。

ちょっと微妙なところですが、車内放送の目的からすると、「イケブロ」の方が良いのではないかと思われます。

もっとも、JRも試行錯誤があるのかもしれません。私の記憶でも、「池袋」パターンと「イケブロ」パターンが、何回か変わっています。「地名や人名などの固有名詞は、本来の発音アクセントに近く」というのは、大切なことだとは思いますが、ガイド放送が通じないのは意味がありません。

じっくりと会話出来る相手になら、「『イケブロ』ではなく『池袋』が正しい発音だよ」と教えることも出来ますが、車内放送でそんなことするわけにもいかないでしょう。

ということで、私としては、ガイド放送などにおいては「イケブロ」パターンを支持します。

2008年11月 6日 (木)

ソフトウェア・アップデートのタイミング

ブラウザでもオフィスでも、アプリケーションを起動すると、「アップデートがあります」とか「新しいバージョンが利用可能です」などとメッセージが出ることがあります。そして、「今すぐダウンロードしますか?」と尋ねられます。

これ、親切なようでいて、ちっとも親切だとは思わないのですが、どう思いますか?

アプリーションを起動したということは、そのアプリケーションを使おうと思ったからです。何かやりたいことがあるのです。アップデートで数分とか小一時間とか掛けたくはない状況がほとんどです。バックグラウンドでアップデート用のデータをダウンロードしといてくれるのは親切かもしれませんが、アップデート作業自体は、別タイミングの方が良いことが多いはずです。

そもそも、そういうタイミングでアップデート作業にかかると、「アプリケーションを終了させて下さい」とか言われるわけですよ。技術的にその意味は理解しますが、起動時に「アップデートしますか?」と言っておいて、「はい」と答えると「アプリケーションを終了させて下さい」というのは、いかにもバカにしています。

例えば、アプリケーションの起動時には、アップデート用のデータのダウンロードをするかを選択させ(もちろん、インストールまでしたい人は出来る)、アプリケーションの終了時とかOSのシャットダウン時に「アップデートをインストールしますか?」と尋ねるなりすればいいと思います。

本来なら、アップデート可能な状態にあるアプリケーションやOSのパッチの一覧なんかを管理するツールがあって、総合的にダウンロードの指示やインストールの指示が行えるような仕組みがあれば、便利です。技術的には全然難しくないことだと思います。

OSパッチなどのシステム・ソフトウェアに関しては、この様な仕組みがありますが、開発元が異なるアプリケーションのアップデートとの統合は実現出来ていないと思います。OS側がこのようなアップデート管理の仕組みを提供し、アプリケーションがそれを利用する、という形が良いでしょう。

少なくとも、各アプリケーションが起動時に「アップデートしますか?」的メッセージを出すのは、各アプリケーションの勝手な都合にしか過ぎないわけで、利用者にとって便利なものではありません。

2008年11月 5日 (水)

「新車販売、40年前の水準」のミスリード

昨日から、テレビや新聞で「新車販売、40年前の水準」といった内容が報道されてますが、毎度のことながら、こういうミスリードはやめて頂きたいものです。

日本自動車販売協会連合会ってとこが発表している数字を元にして「新車販売、40年前の水準」などと言っているわけですが、発表する方もするほうだし、報道する方もする方。

もちろん、「新車販売、40年前の水準」が間違っているわけじゃないのですが、これは「軽自動車を除く」という詐欺みたいな条件が付いている数字です。総数とか全体とかの数字を連想させるような文脈の中で、あるいはデフォルト的な数字として、「軽自動車を除く」数字を使うのに何の意味があるというのでしょう。記事中に「軽自動車を除く」という一文があるから良い、という話ではないと思います。

行政の都合で分けられている、軽自動車、小型自動車、普通自動車ですが、その三つの合計とか、三つをそれぞれで語るならともかく、「軽自動車を除く」いう考え方が既にお役所的。まして、「軽自動車を除く」を総数と誤解されるような見出しを付けて報道するのは、いったいどういう意図があるんでしょう?

最近の傾向としては、軽自動車の販売台数は小型自動車と同程度で、全体の1/3以上です。それだけの数字を「除く」にしてしまったら、総数的な意味はほぼ皆無でしょう。

まずは軽自動車も含む総数が重要で、その次に車種別の数字を議論するのは良いでしょう。でも、「軽自動車を除く」という括りには、何の意味もないですね。あるとしたら、行政の都合のような、我々から見たら「あちらがわ」のどうでもいい都合でしょう。

何も、「40年前の水準」と言ったことがけしからん、と主張しているわけではなく、好調だろうと不調だろうと、「軽自動車を除く」数字を見出しにするような扱い方がおかしい、ということです。

2008年11月 4日 (火)

不穏なカップル

電車の中とか飲食店とか、街頭とか公園とか、まあどこでもいいのですが、公共の場所で不穏な状態にあるカップルを見かけることがあります。不穏な状態と括りましたが、口喧嘩していたり、一方がムスッとしていたり、怒っていたり、不機嫌に黙り込んでいたり、といった状態を指しています。

カップルは夫婦でも彼氏彼女でもどちらでもいいです。単なる会社の同僚が二人でいるだけ、なんてのは含みません。

こういった不穏なカップルを見ると、明らかな傾向があると思います。怒っていたり、不機嫌だったり、黙り込んでいたりするのは、女性なんですよね。で、男性はその女性をなだめたり、自己弁護したり、何をどうしていいかわからなかったり、というパターンです。もちろん逆パターンもありますが、女性側が不穏状態の源(不機嫌など)となっている方が明らかに多いと思われます。

もし、「不穏カップルは女性が不機嫌なパターンがほとんど」が正しいとするなら、男性に比べて、女性が不機嫌になりやすく、不機嫌状態も持続しやすい、ということになるでしょう。「なりやすい」「持続しやすい」のどちらかだけかもしれませんので、ここから先は「女性は不機嫌になりやすい」について考えます。

カップルにおいて「女性は不機嫌になりやすい」理由は、女性自体が不機嫌になりやすい性質を持っているか、男性が女性を不機嫌にする言動をとりやすいか、もしくはその両方か、ということでしょう。まあ、常識的に考えて「両方」ってのが順当なところでしょうが、両方といっても、双方が同程度かどうかは別問題です。

ちょっと話を変えますが、「単なる知人」と「親しい友人」に対して、我々は付き合い方を変えています。夜遅くに電話してバカ話する、なんてことは「単なる知人」にしたら失礼に当たるでしょう。つまり、「親しい友人」に対しては失礼、無礼のハードルが下がるのが一般的です。むしろ、他人行儀を嫌う傾向もあります。

ここで「単なる知人」と「親しい友人」に分けましたが、知人ですらないような人間関係も「単なる知人」に含めて考えることとします。そうすると、男性の場合、恋人や妻は「親しい友人」に分類されていると思われます。「親しい友人」と同じような基準で言動を選ぶ、と言っても良いでしょう。

ところが女性の場合、「単なる知人」と「親しい友人」の他に「特別な男性」という分類があるように思われます。「親しい友人」と「特別な男性」には共通項も少なくありませんが、別基準も厳然として存在していて、普段の何気ない言動にもそれが現れるようです。

男性は、恋人に対しても、普段の言動を選ぶ基準は「親しい友人」と同じなので(そりゃあまあ、セックスするという特別なことはありますが)、「特別な男性」基準を持つ女性からすると「特別扱いされていない」と感じることもあるでしょう。特別扱いされるのが普通、という関係のはずなのに、特別扱いされてない、という感覚です。もちろん、女性は「特別な男性」として扱っているわけです。

基準と言っているのは、普段のちょっとした物言いとか反応とか、電話するとかメールするとか、プレゼントを買うとか、誕生日がどうこととか、そういった言動における基準の話ですよ。

話はここで元に戻ります。不穏カップルにおいて女性が不機嫌なのは、男性の言動は「単なる知人」と「親しい友人」の二分制で、女性の言動は「単なる知人」「親しい友人」「特別な男性」の三分制、というのがベースにあるんじゃないかと思います。

個々のケースにはあれこれと事情があるのは当然として、根っこには「特別扱いされたい女性と、特別扱いしない男性」という構図があるのではないか、と思います。

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