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2008年12月

2008年12月25日 (木)

うなるオヤジ

うなるオヤジという存在があります。

風呂に浸かった時にうなるオヤジがいます。

座ったり立ち上がったりする時にうなるオヤジがいます。

くしゃみの後にうなるオヤジがいます。

カラオケで演歌を歌ってうなるオヤジがいます。

ジムで筋トレをしながらうなるオヤジがいます。

ジムでストレッチをしながらうなるオヤジがいます。

オヤジは色々な場面でうなってます。うなるオヤジは必ずしも好印象ではありませんが、上記のような状況でうなるのがは、そこそこの理解が得られることでしょう。

ただ、ジムの更衣室で着替えながら、ずっとうなり続けているオヤジは、かなり不気味でありました。着替えの動作ひとつひとつでうなるのです。例えば全身筋肉痛といった事情で、あらゆる動作に苦痛を伴うのなら、着替えながらうなるのもわかるのですが、そういった苦しいうなり声ではありませんでしたし、もしそこまでひどい状態ならジムで運動しないでしょう。

立ったり座ったりする時の「よっこらしょ」的なうなり声に近い感じですが、その頻度が半端ではなく、着替えながら始終うなっているのです。

私がジムでそのオヤジに遭遇したのは初めてですが、ジム以外の彼の日常生活もうなりに満ちたものなのかもしれません。

2008年12月24日 (水)

気づき

最近、本や雑誌の広告なんかで「気づき」という言葉を頻繁に目にします。

「気づき」というのは「スピリチュアル」の親戚筋にあたるような、そういう方面の言葉かな、などと思ってはおりますが、それがどのような意味合いを持っていて、その言葉に関連してどのようなことが語られているのか、実際のところは何も知りません。

「気づき」の中身を知らずして、こんなことを言うのは暴論なんですが、私にとっては、「気づき」という単語だけですでに拒否反応です。中身は共感出来ることなのかもしれませんが(その可能性は低いと思いますが)、「気づき」という言葉を象徴的に使用している、その感性に着いていけませんし、キモチワルイです。

「気づき」という言葉がキーワードとして使われている様は、いかがわしいカルトっぽい新興宗教の人々の、にこやかだけど価値観を極限まで狭めたような、そういう表情を連想させるんですよ。

「中身も知らないのに、いい加減なこと言うな」という反論もあろうかと思います。まあ、確かにその通りではあります。でも、「気づき」という言葉だけで、強烈な拒否反応を引き起こされているのは事実ですし、そういう人は少なくないのでは、とも思います。

私は、ビジネスの場でもよく使われる「自己啓発」という言葉も嫌いなのですが、「気づき」は「自己啓発」という言葉のいかがわしい部分を100倍位に濃縮してあるような、そんなイメージです。

ただ、「自己啓発」という言葉が大好きな人もいるように、「気づき」という言葉にポジティブなイメージを持つ人もいるんでしょうし、「気づき」が話題になっているということは、そういう人も少なくない、ということでもあるんでしょう。

仮に私がそういう人と二人で食事をしたら、絶対に楽しくは感じないと思います。

2008年12月22日 (月)

真珠

「真珠」というタイトルですが、アクセサリーとかジュエリーの話ではありません。アダルトなお話です。アダルトで真珠というと、男のモノに真珠を埋め込む、なんていう話を想像されるかもしれませんが、そういうしょーもない話ではありません。

私としては心暖まるアダルト話だと思っています。

ある日ある時、私と当時の彼女である女性はベッドでくつろいでました。くつろいでた、ということは、終わった直後ということです。

何ということもない会話をしていたと思うのですが、そんな時、私は「あの感じ」を覚えました。男なら誰でも分かる「あの感じ」、女性には絶対に分からない「あの感じ」です。要するに、残りものというか残滓というか、そういう奴が、とろりと出て来る感覚です。

そういう時に私はどうするかと言うと、「あ、出て来た!」と言って、お相手の女性に見せてあげます。すると、彼女は「わー(はあと)」などと喜んで、ペロリとひと舐め。こういうのが普通の展開なわけです。

その時も、当然のように「あ、出て来た!」「わー(はあと)(ペロリ)」となりました。そして、これが数分のうちに3回程繰り返されました。

3回目に出て来た時、私は「こういう風に出て来た時は、黙って自分でティッシュで拭き取るんじゃなくて、ちゃんと申告しなきゃダメだよな?」と尋ねると、彼女は「当たり前でしょ!」とのこと。まあ、答えが分かっていて質問したんですが。

されに、「これ(モノの先端からとろっと出て来ているやつ)、宝物だよな?」と尋ねると、彼女は大きく頷き「うん、真珠みたいだよね」

心暖まる真珠のお話でした。

2008年12月19日 (金)

私はブロガーではない

先日、とあるニュースブログ(?)から私の書いた記事がリンクされていました。

そういえば、ブログの隆盛と「無断リンク禁止」の衰退はタイミングが同じような気がしますが、そろそろ「無断リンク禁止」も笑い話として市民権を得たと解釈してもよいのでしょうか。

いやいや、そういう話ではなく、言うまでもなく、私の書いたものをリンクして、それについて言及することに、何ら問題はありません。私に好意的であれ批判的であれ、それも関係ありません。もちろん、私はその内容に反論する権利があります。

で、そのニュースブログ(?)記事はこちらなんですが、私としては「『WebColumn』のブロガーは」というところに異議あり、ですね。

私は断じてブロガーなる代物ではございません。私は「たまたま」一般に「ブログ」と呼ばれるツールを使っているのは事実ですが、たまたま使っているツールにerをつけて呼ばれてもなあ、と。

ブログを書いている人を全体的総体的に呼ぶなら、ブロガーでもいいのかもしれませんが、特定個人をブロガー呼ばわりするのは、猛烈に違和感があります。もちろん、ブロガーを自称したい方は勝手にどうぞ。

ブロガーと呼ばれるのは、ネチズンなどと呼ばれるのと似た違和感ですね。

2008年12月18日 (木)

本当に「個人の感想」なのか?

テレビの通販番組で、対象製品のユーザーが「本当に楽に痩せられました」「1ヶ月で体脂肪率が5%も下がったんです」といったコメントを述べている時に、「これは個人の感想であり効果効能を保証するものではありません」といった字幕が出るのは、みなさんご存じの通りです。「効果には個人差があります」といった字幕が出ることもあります。

ダイエットにしろ発毛にしろ健康増進にしろ、臨床試験などによって効果効能が広く認められた医薬品のようなものではなく、要するに「効果があるかもしれないし、ないかもしれない」と宣言しているわけです。

通販番組やCMなどにおいては、そのような商品の効果効能を保証するかのような内容にしてはならない、というようなことで、件の字幕が入っているのでしょう。

それはそれで、そういう商品であるということでいいんですが、私としては「個人の感想」ってのが気になります。

つまり、「本当に『個人の感想』なのか?」ってことです。

「個人の感想」なんかではなく、「台本通りの台詞」じゃないのか?

台本はないとしても、ギャラを貰って「よろしく」ということで、本当の感想を言ってないんじゃないか?

インタービューにかなり作為的な編集をして、本来の感想とは随分と印象の違ったものになってるんじゃないか?

などという疑惑がありますね。

「個人の感想です」という字幕を入れることが、制作側にとっては免罪符のようになっていて、本当に「個人の感想」ですらないような、そういう内容になっているものが少なくないんじゃないかと感じてしまいます。

2008年12月14日 (日)

ラーメン屋で若者が熱く語る「リーダーシップとは?」

都内某所のラーメン屋さんにて。

カウンターに座った私の左隣は30歳前後のサラリーマン風。右隣は学生風カップル、おそらく近所の某有名私立大の学生でしょう。私が座った時、そのカップルは二人ともつけ麺を食べているところでした。

3 - 4分後、サラリーマン風のお客さんのところに、彼の注文したつけ麺が出て来ました。彼は食べ始めます。カップルはちまちま食べ続けています。ここの店の麺は太く、茹で上がりには5分とか7分とかかかりそうです。カウンターには「太麺なので時間がかかります」的な注意書きが張ってあります。

さらに5分後位でしょうか。サラリーマンが食べ終わり(スープ割りも頼みました)席を立ちます。カップルは相変わらずちまちまちまちまと食べています。

サラリーマンが出て行ってすぐ、私のつけ麺が出て来ました。私はわしわしと食べ始めます。普通盛りで200g程度の麺の量なので、あっという間に麺が減っていきます。

食べながら、右隣のカップルの会話が耳に入って来ました。どうやら、就職活動においての面接が話題になっているようです。もっぱら男の方が熱弁をふるい、女性がそれなりに熱心な聞き役となっているようです。

「でさ、学生は『リーダシップを発揮したいです』とか言うんだけど、面接官に『リーダーシップとは何ですか?』って質問されると答えられなく人がほとんどなんだよ」「ふーん」「僕ははっきり答えられるよ。色々考えてきたからね」「リーダーシップを?」「うん、部活とかを通じてね」「へえ」「僕はさあ、リーダーシップというのは、みんながやる気になって、みんなの力を合わせたら、単なる足し算以上の力になる、ってことだと思うんだよ」「へぇー、そうかあ、そうだよね、うん」「そういうのをリーダーシップって言うと思うんだ」

とまあ、こんな感じのことを言っているわけです。おじさんとしてはツッコミたくて仕方ないのですが、いきなり見知らぬおじさんからツッコミされても困るでしょうし、彼女候補と思われる女性の前でええかっこしている微笑ましい状況を壊すのも可哀想ですし。

でもまあ、「みんながやる気になって、みんなの力を合わせたら、単なる足し算以上の力になる」というのは、そりゃまあそうかもしれないけど、リーダーシップを発揮した結果であって、リーダーシップそのものの定義じゃないよな。結果からの逆説的定義があっても、必ずしも悪いとは言えないけど、それは普通ではないし、それが逆説的であることを充分に理解していないといけないと思うわけですよ。彼はわかっていたとは思えない口ぶりでありました。

なーんてこともツッコミたかったのですが、実はもっとツッコミたかったことがあったんですよね。私が食べ終わった頃、ようやくカップルが食べ終わる直前でした。さらに、熱弁男は女性よりも遅れてます。私が着席した時には食べ始めていて、サラリーマンが食べ始めて食べ終わり、私が食べ始めて食べ終わり、その後でやっと終了です。「ちまちま食ってんじゃねぇ! カップルでつけ麺を食べる時にも、リーダーシップを発揮しろ!」というのが私のツッコミ(心の中の)です。

2008年12月 8日 (月)

発射と撤収

とある駅のトイレに入った時のことです。私の目的は小で、私の左隣は空いていました。

私が便器の前に立ち、もぞもぞとモノを取り出していたら、タタタタッという足音がしたかと思うと、左隣の便器から「ジョッ!」という音が聞こえました。

大げさに書いているわけじゃありませんよ。その男、便器に駆け寄りざまに発射したんですよ。まさに発射です。トイレに入るか入らないかのうちにジッパーを下げて、モノを取り出し、「便器の前に立つ」という状態を経由することなく、本当に「駆け寄りざま」という表現そのもののタイミングで始めてしまったのです。

おそらく、便器前1メートルではモノを取り出していたでしょうし、便器前50センチあたりから、出始めていたのではないかと想像されます。離れたことろから狙い撃ち、みたいな話ですよ。

幸い私には被害はありませんでしたが、あんなことしたら周囲に被害が及ぶ可能性は少なくありません。それほどまでに逼迫していたのかというと、どうもそうとも思えません。そういうやり方の男ではないかと思われます。

何故かというと、終わって立ち去る時にも、似たようなことをしたからです。普通なら、「終わる」「しずくを切る」「モノをしまう」「ジッパーを上げる」「便器の前を離れる」というステップで進むと思われるのですが、その男は「終わる」「便器の前を離れる」でした。「モノをしまう」「ジッパーを上げる」は歩きながらですね。何と申しましょうか、「撤収!」という感じでしたね。

彼はそういう流儀の奴なんですよ。因みに、「しずくを切る」は省略されたのか、歩きながらなのか、それは分かりませんでした。

2008年12月 5日 (金)

身だしなみを整えるOL

平均的に、女性は男性よりも日常生活においての身だしなみチェックの回数が多く、それも念入りに行うと思われます。

先日、都内某所の地下横断歩道を歩いていたら、前を歩いているOLさんが、歩きながら髪型やらメイクやらのチェックをしていました。

電車の中で化粧するのもいかがなものかと思いますが、歩きながら身だしなみチェックするのもかなりかっこわるいです。見た目は悪くない女性なんですが、歩きながらの身だしなみチェックで魅力80%ダウン。

で、さらに可笑しかったのは、その彼女、身だしなみチェックをするのに手鏡を使っていないんですよ。

どうしていたと思います?

携帯電話のカメラを自分撮りモードにして、携帯の画面を見てチェックしていたんですよ。たまたま手鏡を忘れた時に仕方なく、というなら分かりますが、もしかして、手鏡を持ち歩かず、携帯自分撮りを鏡の代わりに、なんてのが流行していたりするんですか?

そもそも携帯自分撮りなんて、解像度も画面の大きさも不十分で、メイクの乱れなんかをチェックするには役に立たないような気がするんですが、そんなことないんでしょうか?

いずれにしろ、携帯を手鏡代わりに使う女性も、全然魅力を感じませんね。私がどう感じようと、彼女達には全然関係ないんでしょうけどね。

2008年12月 4日 (木)

身だしなみを整える男子学生

我々は日常生活の中で「身だしなみを整える」に相当することを行っています。出かける前の身支度、整髪、お化粧などはもちろん、お化粧直しとか、ショーウィンドウに写った自分の姿を見て髪型をチェックするとか。

先日、JR某駅でトイレに入りました。その駅の近くには某有名私大があり、トイレには、そこの学生と思われる男子が何人もいたのですが、その中の一人の行動が気になってしまいました。彼はトイレに入ると、小をするでもなく、大をするでもなく、洗面所の鏡の前に立ち(ただし、手を洗う場所は空けて)、しきりに自分の髪型をチェックしています。

つまり、その彼は大でも小でもなく、身だしなみをチェックするためにトイレに入ったわけです。当然、チェックや修正が終わったら、大も小もなしでトイレを出ます。

女性がそういうトイレの使い方をするのは知っていますし、私だって、服装の乱れなどが気になることがあって、それを直そうとトイレに入ることはありますし、用を足した後で髪型やネクタイをチェックすることもありますが、一般に男は「身だしなみチェックのためだけに日常的にトイレを利用する」なんてことはない、と思っていたので、軽いカルチャーショックでした。

私がトイレから出るまでに、身だしなみチェックのためにトイレに入って来た男子学生(と思われる)は三人いました。昨今の男子大学生の間では、身だしなみチェックとしてのトイレ利用が当たり前に日常的に行われているように感じてしまいましたが、実際のところはどうなんでしょ? その某私立大学に特有の現象ってこともないと思うのですが。

電車から下りて自分の大学に入る直前に、毎日駅のトイレで身だしなみチェックをする男子学生。やっぱ、おじさんにはキモチワルイですわ。

2008年12月 2日 (火)

クラッシク

最近気付いたことなんですが、ブログやらSNSやらで「クラシック」を「クラッシク」と書く人がいるんですよ。

そりゃまあ、誰にでも間違いはありますから、「クラッシク」という表記が存在していても不思議じゃありませんが、「ああ、タイピングを間違ったんだな」という感じよりも多いような印象です。

「クラッシク」と書いた人は、たまたまその一回だけではなく、その文章中ではいつも「クラッシク」と書いてます。「クラッシク」と一回間違ったものをコピー&ペーストしている可能性もありますが、こんな短い単語ならそのつど入力していそうです。

その人の頭の中では「クラシック」という発音ではなく「クラッシク」になっているのか、頭の認識は「クラシック」なのに、文字入力の過程で「クラッシク」になってしまうのか、どちらかは判断出来ないのですが、後者のような気がします。

その人がローマ字入力をしているとしたら、ほとんどの仮名漢字変換エンジンでは、「クラシック」は「kurasikku」、「クラッシク」は「kurassiku」と入れていると思うのですが、そんなに間違いやすいとも思えないので、「クラッシク」の多さが不思議なんですよね。

もしかしたら、「kuralisiku」とか「kuraxiku」とか、つまり「小さい『ツ』」と入力していて、それで「小さい『ツ』」の位置を間違っているということでしょうか?

仕事関係のメールで「ミーティング」を「ミィーテング」と書く人もいます。たまに間違うなら誰にでもありそうですが、必ず「ミィーテング」なので、どうしてそうなってしまっているのか、不思議で仕方ありません。「ミィーテング」の彼は、話すと「ミーティング」と発音しています。

「クラッシク」と「ミィーテング」には「小さい文字の入力」という共通点がありますし、間違いが発生する理由にも共通点がありそうなんですが、その謎はまだ解明出来ていません。

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