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2009年4月

2009年4月30日 (木)

ブラザーメイカー

しばらく前のことになりますが、私は20代前半の女性A子さんと、彼女の友達のB子さんについて話していました。私はB子さんとは面識がありません。A子さんとB子さんは職場の同僚とのこと。

A子さん曰く「B子には素質がありそう」だそうです。素質というのは、男女関係とかエロスとかエッチとか自由交際とか、そういった方面に対する前向きさを指しているようです。

私が思うに、そういう意味ではA子さんには素質があります。そして、A子さん曰く「B子はあたしに近い気がする」とのこと。

でまあ、B子さんの素質について色々と話していた訳ですが、その流れの中で、私が「B子さんとなら、3P出来る?」と質問しました。つまり、男一人とA子さん、B子さんの三人でのプレイが出来るか、という意味です。

A子さんの答えは「出来ない」でした。出来ない理由はB子さんと友達だからだそうです。3Pそのものがイヤなわけではなく(素質あるなあ)、B子さんとキスしたりがイヤなわけでもなく(素質ある)、友達であるB子さんと姉妹になるのがイヤなんだと。3Pじゃなく独立採算でも、姉妹になってしまうので、それもイヤだそうで。

だから、もしB子さんが友達ではなかったら、そして、そういうことをするのに適した男がいたら、いい感じで3P出来そう、とおっしゃいます。

ふーん、素質はあっても、お互いの事前了解が前提でも、それでも友達と姉妹になるのはイヤなんだ、と少々意外な気もしますが、まあ、姉妹を避けたい気持ち自体は理解出来ます。普通の女性は普通の男女関係において、デフォルトでは姉妹を避けたいことでしょう。それはわかります。

ただ、私は「A子さんが」姉妹を避けたがっているのがちょっと引っかかったんです。引っかかりの理由は、彼女の素質がどうこうというのもありますが、本当の理由は彼女の過去の実績です。

彼女が過去において、友達と姉妹になったことがあった、という話ではありません。逆です。

彼女は兄弟を何人か作ったことがある、ということを私は知っています。ここで言う兄弟とは、兄弟同士が比較的近い関係にあることを意味しています。例えば職場の同僚同士とかです。時間差兄弟も同時進行兄弟もあります。因みに、私は兄弟の一員じゃありませんよ。

つまり、彼女は「友達と姉妹になるのはイヤ」と言いつつ、友達とか知り合いとかの兄弟は作っていたわけで、それが引っかかった、ということです。まして、私は彼女に対して常々、「職場の男とのアソビや二股は止めとけ」と言っていたのですよ。

「友達と姉妹になるのはイヤ」発言を聞いた私としては、当然A子さんをイジリます。こんなに素晴らしいイジリのネタを放っておくわけにはいきません。そこに正座しなさい、のノリです。

「あのさあ、友達と姉妹になるのはイヤって言うけど、そういう自分はブラザーメイカーじゃねーか。なんか矛盾してないか?」

さすがに苦笑するしかないA子でありました。私は爆笑です。

2009年4月27日 (月)

「売国奴」とか「売国の政治家」とか

右系の思想を持っている人の一部に多く見られることだと思うのですが、主に政治的、思想的観点から誰かを批判する時、しばしば「売国」という単語が使われます。

「売国奴」とか「売国の政治家」とか「売国思想の持ち主」とかいうフレーズで使うんでしょうか。私は使い慣れてないので、よくわかりませんが。

ともあれ、個人的感覚では、誰かを「売国」という単語を使って批判している主張で、マトモなのにはほとんどお目にかかったことがありません。

「売国」というのは強烈な言葉ですし、いささか下品な言葉でもあります。でも、それが合理的主張の中で使われているのなら、その主張そのものに賛成か反対かはともかく、主張としてのマトモさを認めるにやぶさかではないのですが、実際に目にする「売国」が使われた主張は、合理的でも論理的でもない、というのがほとんどだと感じます。。

そもそも、「売国」という言葉の定義付けが怪しいのではないでしょうか。「売国」という言葉を使う方は、その言葉に馴染んでいて、厳密な定義は知らなくとも、その意味する所を理解しているのかもしれませんが、彼等の主張を届けたい先にいる人々は、「売国」に関して、彼等と共通理解が存在しているかどうかが怪しいですね。「売国」はイデオロギー色の強い、方言的単語になっていると思われます。

国語辞典的な「売国」の意味は「自国に不利で敵国の利益になることをして私利を図ること」ということだそうですが、彼等の使う「売国」はこれの前半の意味だけのような気もします。

「売国」の定義が曖昧な上、何がどのように「売国」に相当するのかの説明もなく、単に相手を罵る言葉としてのみ使われているケースも多く見られます。「売国」と評する人が、「自国に不利で敵国の利益になることをして私利を図ること」という自覚を持っているのなら、それを「売国」と評しても良いのでしょうが、本人はそのようなつもりはなく(と想定され)、その人なりの立場で自国の利益を考えていて(と想定され)、たとえ結果的には自国に不利であっても、私利を得ていた訳ではないのなら、「売国」という言葉を使って批判するのは、いかにも頭悪い感じです。

そうなんですよ、頭悪い感じがぷんぷんするんです。理由は上に述べたようなことですが、その結果、「うわ、こいつ頭悪そう」なんですよ。「気に入らないのは全部『売国』か?」とか「語彙が貧困だなあ」とか「強い言葉を使うと主張に合理性が宿ると勘違いしている」とか、そんな感じです。

批判するなら、もっと冷静に合理的に批判すればよいと思いますし、その批判に一理あると思うことだってありますが、「売国」という言葉が使われると、一気にマトモでなくなるような印象です。

例えば、私のこの主張に反論するのにも「売国」という単語を使うような、そういうトンチンカンな感じが、「売国」という単語が使われる主張にはつきまとうのです。とりあえず「売国」という単語の使用をやめるだけでも、主張としては良い方向に行くと思うんですけどね。

2009年4月24日 (金)

もし私が某社の社長なら

もし私が某社の社長なら、担当者に次のように指示すると思います。

「彼を使ったテレビCMだけど、絶対に中止になんかするなよ。その方が企業イメージだっていいし、目立つし。むしろ、CMに『草彅剛さんを応援します』とでもテロップ入れろ。彼のCMを自粛しない件でプレスリリース出してもいいぞ。記者会見だってやるぞ。酒飲んで裸になった程度のことで大騒ぎはしない、と堂々と主張すればいいんだから」

殺人とか強姦とか飲酒運転とか麻薬とかならともかく、この程度の微罪なら、応援してあげた方が企業イメージにプラスになるはずだし、実際に世論の支持も得られるはずだし、ジャニーズ事務所に恩を売れるし、どうしてみんな、こんな好機を逃して自粛するんでしょう。

もしかして、薬物疑惑が拭い切れてないのか?

2009年4月23日 (木)

ラーメン屋さんでテレビの撮影に遭遇

先日、某ラーメン屋さんに入ったところ、某テレビ局の取材が入っていたらしく、数名の撮影スタッフの方々が店内にいました。

タレントがラーメンを食べて感想を述べるような番組ではないようで、芸能人とかレポーター役の人はおらず、テレビ局とか制作会社関係者だけのようでした。厨房の取材は済んだのかこれからなのかは知りませんが、その時は店内のお客さんが食べている様子を撮りたい様子でした。

もちろん、一般のお客さんを勝手に撮影するわけにはいかないでしょうから、スタッフの一人が「私どもは○○テレビの××(番組名)の取材に参りました。恐れ入りますが、これから店内の様子を撮影させて頂きたいと思ってます」と事情を説明し始め、「テレビに映っては困る、という方は手を挙げて下さいますか?」と撮影の可否を尋ねていました。

その説明は丁寧で礼儀正しく、好感が持てるものでした。そしてもちろん、「テレビに映っては困る」と手を挙げた人は避けて撮影をしていました。

まあ、当たり前と言えば当たり前のことなのかもしれませんが、しばしば見られる、マスコミの傍若無人を感じさせない対応には、ちょっと意外な感じもしました。

撮影スタッフのみなさんの対応は好感が持てましたし、お客さんに充分に気を遣って仕事を真摯に進めているのも分かりましたが、それでもなお、私は引っかかるものを感じたんですよね。その場のスタッフの方々がどうこうと言うよりも、マスコミ全体の取材に対する考え方に起因しているのではないかと思いました。

何に引っかかりを感じたかと言うと、「テレビに映っては困る、という方は手を挙げて下さいますか?」という台詞です。私の感覚としては、「映っても良いという方は手を挙げて」と言うべきだろ、と思うわけです。あるいは撮影したい人やグループに直接交渉でもいいですが。

「テレビに映っては困る、という方は手を挙げて下さいますか?」というのは、デフォルトは「映っても良い」はずだけど、何らかの事情があって「映っては困る」場合は申し出てくれ、という考え方が根底にあることを意味します。決して、デフォルトで「一般人を撮影すべきではない」と考えているわけじゃない、ということです。

充分に礼儀正しいスタッフで、決して不愉快な思いをしたわけじゃありませんが、やはり「テレビに映っては困る、という方は手を挙げて下さいますか?」という感性には、違和感を感じざるを得ないのでした。

例えて言うなら、レストランなどで「禁煙席」があるのと似てますね。私としては、もし店内分煙をするのなら、「禁煙席」を作るのではなく「喫煙席」を作れ、と思うわけです。デフォルトは「タバコを吸ってはいけません」で、特別に「喫煙可の席」がある、というのが正しい姿だと思います。

結果的に、撮られるのが嫌な人を撮影していないので、そういう意味では問題なしとも言えますが、撮影スタッフの「テレビに映っては困る、という方は手を挙げて下さいますか?」は、「禁煙席」的価値観に基づく発言に聞こえたんですよね。

2009年4月22日 (水)

女子トークと相槌の男女差

先日、ちょっとした時間調整のために入ったスターバックスで、となりの席には40代と思われる女性二人組が座っていました。

40代女性を「女子」と呼ぶかどうかはおいといて、その二人、いわゆる女子トーク状態。もちろん、珍しいことじゃありません。仲の良い女性が二人以上集まれば、そりゃあもう女子トーク炸裂ってのは当たり前でしょう。

彼女達の話に聞き入っていたわけじゃないのですが、耳に入って来る音を聞いているうちに気付きました。以前からそんな感覚はあったんですが、明確に意識したのは、その時が初めてです。といっても、大したことじゃありませんよ。

いわゆる女子トークにおける相槌は、男性同士あるいは男女混合の会話の相槌や、ビジネスの会話における相槌とは明らかに違う、ってことです。

一般に話を聞く側は「うん」とか「んー」とか「うんうん」とかいう相槌をはさみますが(改まった会話なら「はい」とか「ええ」とか)、女子トークの場合、その相槌が深く、大きく、頻度が高く、テンションも高いんですよ。話が佳境に入ったからそうなるのではなく、最初から最後まで、です。嬉しく楽しい話だからでもなく、辛く悲しい話でもそういう状態です。

男性同士の友人の会話も、時にそういう状態になることもありますが、最初から最後までってことも、悲しい話の時にもってこともありませんし、平均したら女子トークとは明らかな違いになると思います。因みに、「んー、んー」という相槌は女性特有ですね。男が「んー、んー」だと、かなり女性っぽく映ります。

女子トークにおける相槌を平均的な男がどう感じるかというと、「大げさ」「回数が多過ぎ」「偽善的」「ごますり?」「女子同士の『おはよー』に似てる」「意味なくハイテンション」あたりではないでしょうか。

逆に、男の相槌は女性から見たら「やる気ナッシング」「白けてる」「興味なし」「失礼」「壁を作ってる」「大切にされてない」なんて感じかもしれません。女性が男同士の会話を聞いて、こういう感想を持つならともかく、男女二人の会話においてそう思われると、ちょっとしたトラブルに発展するかもしれません。

男からしたら、別に興味がないわけでも白けてるわけでもなく、普通に相槌を打っていたのに、女性(恋人とか配偶者の場合は特に)からは、「興味がないのね」「何白けてんのよ」「あたしの話がつまんないの」的に解釈されて、彼女は多少なりとも気分を損ねてしまう、なんてことがあるでしょう。

はい、私は何回も経験しています。こちらからしたら、まさに言いがかりです。女子トークのレベルの相槌なんて出来ませんからね。ある程度以上に仲が良くなった男性に対して、女子トークのノリを求めてしまう女性が時々いるんですが、それはないものねだりというものです。

でも、昨今言われている草食系男子なら、もしかしたら女子トークの相槌を自然にこなしたりして。

いやはや。

2009年4月21日 (火)

お酒が強くなった?

ここんとこ数ヶ月、お酒が強くなったような実感があります。

元々、私の体感的なお酒耐性はその日の体調に大きく左右されるようです。ビールをジョッキに2杯飲んだだけで、いい感じの酔いを自覚することもあれば、ビールに加えて焼酎、日本酒、紹興酒などをかなり飲んでも、それほど深くは酔わないこともあります。

その様に揺れ幅が大きいお酒耐性ではありますが、最近は「強くなっている」と感じる事がしばしばあります。

外でお酒を飲んだ帰り道、その日に飲んだ量と自分の酔い具合を比較して、「あれだけ飲んだにしては、あまり酔ってないなあ」と思うことがあります。飲んだ翌日の朝、前日のお酒の量から経験的に、二日酔いになることを覚悟していたのに、意外にダメージが小さくて嬉しい誤算、ということもあります。

私が何らかの形でアルコールを口にするのは、平均したら週に1 - 2回ですが、最近もその頻度は変わっていません。いや、むしろ少なくなっているかも。1回あたりのお酒の量が増えているわけでもありません。つまり、飲む量が増えたから強くなった、ということはあり得ません。

お酒に強くなった原因として考えられるのは、ここ数ヶ月は運動量が増えたため、筋肉が増え、内臓脂肪も皮下脂肪も減り、心肺機能は改善し、基礎代謝は向上し、といったことです。肝機能がどうなったかは分かりませんが(元々悪かったわけじゃないけど)、もしかしたら肝臓の性能も向上しているのかもしれません。

このような「運動の効果でお酒に強くなった」という理由くらいしか、思い当たる節がないんですよ。これが生理学的に意味がある仮説なのかどうかは分かりませんが、まあなんとなくありそうなことではあります。

基本的に、お酒に強いことは悪いことじゃありません。飲んでもあまり酔わないから、どんどん飲んでしまって、飲み代がかさむ、なんていう心配もなくはないですが、私の場合、酒量は酔いの程度よりも、その場の状況に左右されることが多いので、実際はあまり心配はしてません。

ところで、女性と飲んでいてその流れでホテルに行って、なんていう時、酔っていると立たない(あるいは元気が足りない)なんてこともありうるわけですが、お酒が強くなったことで、その方面における効果もあるのかどうかは、まだ実証されていません。

実証したいわけじゃないですよ。もしそういう可能性があるなら、危ない橋は渡らずに酒量を控える、という作戦を採りますから。

2009年4月19日 (日)

朝鮮中央テレビの女性アナウンサー

というタイトルですが、ミサイルとか核とか拉致とか経済制裁とか、そういう難しいことについて述べるつもりはございません。

みなさんも良くご存じの朝鮮中央テレビの女性アナウンサーですが、私は不思議でなりません。あの口調とかニュースの内容とかは、とりあえず不思議です。どっちも彼女の責任じゃないでしょうけど。

いやいや、そういう話ではなく、私が不思議なのは「朝鮮中央テレビにはアナウンサーは彼女だけしかいないのか?」です。

たまーに男性アナウンサーの姿を見た記憶はありますが、日本で報道される朝鮮中央テレビのニュースでは、ほとんど彼女が喋ってます。厳密に「アナウンサーは彼女だけ」ってことはないんでしょうが、実態は「アナウンサーは彼女だけ」に近いのかもしれません。

朝鮮中央テレビがどのような周期でニュースを流しているのか知りませんが、もしかしたら彼女の労働時間はとんでもなく長いのかもしれません。共産主義国家なのに、そんなことで良いのでしょうか。

いや、別に彼女の健康を心配している訳じゃなく、単に不思議なんですよ、いつも彼女しか見ないことが。

30分位のニュース番組を、1日に5回位繰り返して放送している、というような事情なのかもしれませんね。もしそういうことなら、ニュース担当のアナウンサーの数はあまり必要ありません。メインキャスターが例の彼女、ってことでしょう。

そういう事情ではなく、いつもいつも彼女が喋っているとしたら、もしかしたら、みのもんたを凌ぐ出ずっぱり、ということになるかもしれません。

ギネスに申請・・・・するわけないか。

2009年4月15日 (水)

ドアを閉めない人が増えている

ドアにしろ引き戸にしろ、開けないと出入り出来ませんから、自動ドアでなくとも、我々は誰もが自分で開けます。でも、開けたドアや引き戸をきちんと閉めている人は多くないと思われます。

「きちんと閉める」の意味は、「完全に閉まるまで手を添えて閉める」です。途中で手を放して勢いで閉めるのは、「きちんと」ではありません。バネが仕込んであったりして、手を放しても自然に閉まるドアも珍しくありませんが、そういうドアであっても、最後まで手を添えるのが「きちんと」です。

「きちんと閉める」ことの意義は、確実に閉めること、安全に閉めること、必要以上の騒音を出さずに閉めること、です。途中で手を放すと完全に閉まらずに止まるかもしれません。強い風で勢い良く閉まり、危険だったり、どこかが破損したりするかもしれません。マンション等ではドアが勢いで閉まる時の音はかなり響きます。

先日、うどん屋さんで出口付近に座っていたのですが、そのうどん屋さんの出入り口は引き戸(手動です)で、出入りする人の半分以上は、きちんと閉めていませんでした。つまり、引き戸が数センチ空いている状態ということです。その度に、私が手を伸ばして閉めたり、店員さんが閉めたり、です。私は最低でも5回は閉めましたね。

私のマンションから駐車場に出る扉は、バネもダンパーも入ってません。勢い良く閉めれば、バーーンと閉まります(何年かに一回は修理が必要なんです)し、風で勢い良く閉まることもあります。ですから、「きちんと閉める」べきなのですが、ほとんどの人は、開けた扉を放置しているか、勢いで閉めているかです。

きちんと閉められない人が10人に1人位の割合なら、「まあ、そういう人もいるだろうな」で済むのですが、うどん屋さんではあまりの多さに呆れ果てました。「きちんと閉めない人」は、例えば「若くて行動が荒っぽい男子に多い」という傾向が強いとも思えません。年配の上品な感じの女性でも、勢いで閉めてバーーン、ということがあります。

印象としては、性別や年齢を問わず、「きちんと閉めない人」は満遍なく高確率で存在している、という感じですね。そしてここ10年程、「きちんと閉めない人」はどんどん増えているような気がしています。

自動ドアの普及が「きちんと閉めない人」を生み出しているのは間違いないのでしょうが、それにしてもひどすぎる状況ではないかと思います。「きちんと閉めない」ことが生み出す実害は、さほど大きなものではないでしょうが、そういうだらしなさは、決して好ましいことではないと思います。

我々の日本では、襖の開け閉めは膝をついて、という文化なのに、「きちんと閉めない人」がこれだけはびこっているのは、どうにも不愉快です。

2009年4月14日 (火)

白雪姫と王子様

本来の白雪姫の物語からはずいぶんと脚色されているらしいのですが、「王子様のキスによって、喉に詰まっていた毒リンゴがとれて、白雪姫は生き返った」というのは、比較的広く認識されていることと思います。

リンゴが喉に詰まっていた場合、キスでとれるものなのでしょうか?

「どんだけ強く吸ったんだよ」と思わざるを得ません。

あるいは「舌を奥まで入れたのか?」という可能性を追求したくもなります。

あるいは、「舌を入れただけじゃなくて、いわゆるディープスロートでもやったんじゃないのか? で、うげっとなってリンゴを吐き出し、めでたしめでたし、そしらぬ顔、ってことだろ。絶対そうに違いない」と断定したくもなるものです。

このストーリーを最初に聞いた時、子供心に、何かしらの不自然さを感じていたことを思い出します。ディープスロートの可能性に思い至ったのはオトナになってからですけど。どう考えても、キスでリンゴがとれるのはヘンです。

実際のところ、グリム童話の原作では王子様は死体愛好者だったとか。お城に連れて帰った仮死状態の白雪姫をあーだこーだしたんだそうで。

さもありなん。ストーリーとしては、死体にキスしたことを美化するよりも、死体愛好者という設定の方が自然です。因みに、リンゴがとれた理由は、王子様のキスなんかではなく、王子様の家来が白雪姫を殴ったはずみだとか。

2009年4月13日 (月)

シュークリームの写真をメールで送ることについて

話は都内某所某店でラーメンを食べたとこから始まります。そのラーメン、ハズレでした。化学調味料を使いすぎていて、食後の口の中が不快です。

こういう時は口直しが必要です。何で口直しをするかはその時の気分次第ですが、さすがにお腹は膨れてますので、もう一食ラーメンというわけにも行きません。ということで、某デパ地下でシュークリームを一個買いました。

で、そのシュークリームを携帯のカメラで撮影し、とある女性に送ったのです。食べた物の写真を送ることは、今回が初めてではなく、これまでも時々、ラーメンの写真などを送って、美味しいラーメンの情報の共有(「どーだうらやましいだろー」というイヤガラセとも言う)をしていたのです。因みに、シュークリームの写真を送った意味としては、「いい歳したおじさんがシュークリームを買い食い」というウケ狙いです。

その後少しして、その彼女と電話で話す機会があったのですが、どうやらシュークリーム写真は彼女のツボだったようです。ツボと言っても、笑いのツボではなく、悔しさのツボ。相当悔しかったらしいのです。

「男には分からないと思うけど、こういうのはホントに泣きそうになる位悔しいんだよ!」などと力説してます。「言うまでもないけど、奥さんとかカノジョとかにはしない方がいいよ」だそうで。確かに、それはやばそうです。奥さんとかカノジョの場合は、シュークリームで悔しい思いをさせると、こちらに実害がありますからね。理不尽に当たられるのは目に見えてます。

なんてことを話してたら、ふとした疑問が生じました。折角ですから質問してみましょう。

「奥さんとかカノジョとかにシュークリームの写真を送ると、関係が悪化するけど、もし、口説いている途中の女性に送ったらどうなる?」

「やっぱ悔しがるでしょ」

「いや、そういうことじゃなくて、悔しいのは悔しいんだろうけど、それが口説きにとってプラスかどうかってこと」

「・・・・・(ちょっと考え中)、プラス・・・だな」

そうじゃないかと思ってたのでした。若干一名の証言ではありますが、口説いている女性に、自分が食べたシュークリーム(ケーキなどでももちろん可)の写真を送るのは、作戦としては「あり」と認定することにしましょう。悔しがらせ効果と意外性演出効果ってとこでしょうか。

2009年4月10日 (金)

携帯電話に忙しい奴

先日、都内某所のラーメン屋に行った時のことです。人気店で平日のランチライムということで、店の前に10人近くの行列が出来ていました。

その行列の先頭に並んでいた20代中頃と思われるスーツのお兄さん、携帯に着信があったようで、列からちょっと離れて話し始めました。どうやら、お客様からかかって来た仕事の電話のようです。

まあ、どこにでもある光景なんですが、その後の展開が面白かったです。

その電話を切って1分もしないうちに、また着信です。その通話が終わると、彼は店内に入って着席しているのですが、またしても着信があったようで、店外に飛び出して来て会話してます。その後も何回も何回も、店内に戻ってすぐに外に出て来て携帯で会話、というのを繰り返してます。その回数はちょっと尋常じゃありません。

どういう事情なのかは分かりませんし、彼がかけているわけじゃなく先方からかかって来ているわけですし、電話の相手は共通なのか別々なのかも分からないので、何も断定的なことは言えないんですが、それでもなお、そういう光景を目撃すると、彼に対しては「仕事の出来ない奴」といったイメージになってしまいます。

「ランチに出る前に仕事を一区切りつけとけ」「電話が予想されるならラーメン屋に並んでないでオフィスにいろ」「食事中なんだから電話を切ってたっていいだろ」「今朝までに連絡します、とか言っておいて放置してたんじゃないか」「客からのクレームのメールに対して、火に油を注ぐような返信をしたんじゃないか」「要領を得ない内容のメールを出しただろ」「納期の督促をたらいまわしでもしたんじゃないか」「今日の午後の会議の資料、関係者に送付してないだろ」

みたいなことを想定してしまう、って感じです。いやまあ、その彼がどうなのかは分かりません。たまたま偶然に、電話が集中してしまっただけかもしれません。

ただ一般論としては、電話回数が異常に多い奴は、「おお、あいつはバリバリと仕事をしている奴だ」と見られるよりも、「仕事が出来ない奴」と見られる方が多いんじゃないかと思います。私は確実に後者の評価をしますね。

みなさんの職場にもいるでしょ? いーーーーーっつも誰かと電話で話しているのに、仕事の進捗や成果は何もないし、連絡不行き届きが頻発している奴。いつもいつも、誰と何を話しているんだろ、って奴。

2009年4月 4日 (土)

そこはマズイでしょ

先日、都内の某繁華街を歩いていたら、向こう側から歩いて来た初老の男性が、携帯電話で会話しながら、道ばたにあるビルに入って行きました。

その男性は、そのビルに用があって入ったのではなく、往来の真ん中に立って電話をするのを避けるため、ちょっとよけるつもりで、小さな路地とか雑居ビルの通用口脇とかに移動するような、そういう感じでした。

その証拠に、彼はそのビルの奥にまで入らず、ちょっと入った所(ドアの中には入ってない)に立って、「うんうん」「あー、それはね〜〜〜〜」などと携帯電話の会話を続けています。

その初老の男性が入った所は、確かに雑居ビルの通用口みたいなとこです。携帯で話しながら避難する場所としては、そこに入りたくなる気持ちもわからないではありません。

でも、そこはマズイと思うんですよ。雑居ビルの通用口みたいに目立たない作りですけど、そのビルは雑居ビルじゃないし、入り口を目立たなく作ってあるのは、通用口だからじゃなくて、利用者さんのためだと思うんですよ。

そのビルの利用者さんが、出入りの時に、携帯で話しているおじいちゃんと出くわしたら、かなりびっくりすると思います。もしかしたら、そこに立って電話しているのは、そこの経営者さんからは営業妨害と言われるかもしれません。

もちろん、営業というのは「休憩」とか「宿泊」とか「フリータイム」とかです。

2009年4月 2日 (木)

新幹線で靴を脱ぐオヤジ

昨日(2009年4月1日)から、首都圏のJR各駅では全面禁煙が施行されました。結構なことです。

新幹線が全面禁煙になったのは2-3年前でしょうか。これまた結構なことですが、全面禁煙が実現した今となっては、禁酒禁食車両を設定して欲しいと思っているのは私だけではないと思います。

出張帰りの新幹線で缶ビール、というのは分かりますよ。私もやることがあります。でも、ビールやおつまみの匂いがイヤなことだってあります。昼間から近くで酒盛りされて辟易することだってあります。

ビールにイカクンにシューマイ、なんていう取り合わせは、当事者以外にとっては「匂いの暴力」と言っても過言ではないかもしれません。駅弁の中にもかなり匂うものがあります。だから、飲食が自由な車両と、飲食物の匂いのない車両に分ければ、と思うわけです。もし、出張帰りでビールを飲みたいなら、飲食車両に座ります。

ところで、匂いというよりも臭いの話ですが、新幹線で靴を脱ぐオヤジ(靴を脱ぐのはオヤジに限らないがオヤジ率は高い)は、「オレの足は臭わない」という自信でもあるんでしょうか?

そりゃまあ、靴を脱ぎたい気持ちはわかりますよ。蒸れたりむくんだりしている足を楽にさせてあげたいですよ。でも、足の臭いを発散させるのは、私としてはどうにもダンディズムに反するんですよ。いや、実際に発散させているかどうかは別として、ビジュアルとしては発散を予測させる状態ですから、その時点で既に紳士ではありませんね。

靴を脱ぐオヤジは、「オレの足は臭わない」という自信があるのか、「臭うかどうかなんてかんけーねー」なのか、何も考えてないのか、どれなんでしょ?

もちろん、どれであっても、周囲に人がいる時には脱がないで欲しいのは言うまでもありません。

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