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2009年7月 3日 (金)

ブログは話している

以前、昨今のメールやブログの文章に対して「話し言葉と書き言葉の差がなくなって来ている」という主張をしたことがありますが、その続きのような、別解釈のような話です。

ブログでもメールでも、特に若い世代に顕著なのは、「書いている」のではなく「話している」というノリです。表現手段は電子的に伝えられる文字(場合によっては絵文字や写真などの画像も)で、キーボード(あるいはテンキー)で入力するという意味では「書く」と同等の行為だが、そのノリは会話に近い、という傾向があるように感じられます。

私がこのブログに書いていることは、文字通り「書く」です。「書く」という意識があり、「話す」ではありません。時に話し言葉を使って書くことはありますが、それはあくまでも表現上の演出です。メールでも全く同様で、基本的には「書く」というスタンスからはずれることはありません。

ところが、20代以下では、ブログやメールでは「話す」ノリが主流のように見えますし、中高年層においても、そのノリが見られます。もっとも、中高年層の場合は、よく分からないまま、「それがブログやメールの流儀」とか「ネットではそういうノリが普通」などと思い込んでいる可能性もありますが。

例えば、最近流行の文節毎に(あるいは短いフレーズで)改行を入れる表現方法は、「書く」という行為として見た場合は確かに「文節毎に改行を入れる」なのですが、実際は「(文節に相当するような)一言フレーズで区切りながら話す」と見るべきなのかもしれません。

改行だらけの文章の発祥がページ数稼ぎの表現方法だとしても、それが一般に広まった背景には、「私わあ〜、昨日〜、お友達とお〜、カラオケにい〜」という話し方との共通な感性があるような気がします。

もうひとつ顕著な傾向として、助詞の省略があります。「私昨日カラオケ行ったんだけど」といった表現がブログなどでは良く見られます。それを単に、「日本語の作文能力がない」という見方をすることも出来ますし、それも一理あるとは思うのですが、「頻繁に助詞を省略しているのは、書いているのではなく話しているから」という見方はより本質に近いように思います。

最近、どなたかのブログで事故死された著名人の話題があり、そのコメントでお悔やみの言葉を述べていた人がいたのですが、その中での一人称主格が「わたしゎ」です。内容は稚拙ながらもお悔やみの体をなしているのですが、主語が「私は」でも「わたしは」でもなく「わたしゎ」なので、呆れてしまいました。これなども、「書く」意識よりも「話す」意識でいるから、とも考えられます。

メールやブログや掲示板でのコミュニケーションを、「書く」と見るか「話す」と見るか、これはかなり微妙な問題です。私は「書く」と見てしまいますが、それが正しいと言い切れるわけでもありません。実際は、「書く」でも「話す」でもない、別のことと見るのが正しいのかもしれません。

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