世の中には色々なムダがあります。行政のムダなんてのが最近は注目されてますが、日本全体のシステムとか慣習とかにもムダはあります。
私が感じているのは、五十日(ごとおび)とか月末締めとか会計年度とか、そういった節目を多くの企業、団体で共通にしているのが大きな社会的なムダを生んでいるのでは、ということです。
五十日、月末、年度末といった言葉から連想するのは、忙しい、残業、渋滞といったことではないかと思いますが、その様な状態は決して活動の効率が良いとは言えません。
通常業務以外に締めの業務をしなければならない時、他の会社も同じような状況ですから、何かを問い合わせた時の回答も遅れ気味でしょう。その時期には、経済活動も渋滞しているのが常態と化しています。もちろん、交通渋滞も時間的な非効率を生みますし、燃料をムダに消費します。
決済を五十日に行わなければならない、普遍的で合理的な理由などありません。特定の企業にとって五十日が都合が良いことはあり得るでしょうが、五十日自体には合理的な意味はありません。五十日決済を慣習を改めて、決済の日を全体的にばらすことで、五十日の非効率はかなり改善されるのではないかと感じます。
日本の企業の多くが会計年度を4月から翌年の3月までに設定していますが、これだって本来は合理的な意味はありません。
学校関係は卒業進学の時期を合わせる必要性はあるでしょうが、一般企業の会計年度など、どう設定したってかまわないはずです。もちろん、「みんな4月-3月」を前提にしているようなシステムが現存していれば、それを変えるのに色々な面でのコストはかかるでしょうが、本来、会計年度をみんなで同じにする必要なんてありません。会計年度の途中で新卒が入社しても何の問題もないでしょうし、取引先と会計年度が違うことだって問題ありません。
みんなで別々の会計年度を採用したら、2月や3月の様子は、今とは随分違うものになるんじゃないかと思われます。
とりあえず、国と都道府県と市町村は会計年度をずらしたらどうか、なんていう乱暴なことも思ってしまいます。国は1月-12月で、都道府県は4月-3月で、市町村は7月-6月とか。そうすると色々な不都合もあるでしょうが、それは本質的不都合というよりは、出来上がってしまったやりかたを変えたくないという不都合でしょう。
次は行政主導で大企業(体力があり、影響も大きいから)の会計年度をばらけさせます。「みんな4月-3月」からの脱却です。不公平のないように、一時的に「4月-3月会計年度」に課税したりとか。いや、これも乱暴なアイディアですけど。
要するに、白紙の状態から「会計年度や締めはみんなばらばら」という前提でものごとを考えれば、それに問題はないでしょし、締めの時期の様々な「集中」による非効率が劇的に改善され、広い意味での生産性も向上するのでは、と思います。
五十日や年度末を共有していることの悪影響をきちんと調べたわけじゃありませんし、仮に会計年度をばらばらにしたとして、その効果もしっかりとシミュレートしたわけでもありませんが、感覚的には、五十日とかみんな同じ会計年度とかを改める効果は、かなり大きそうに感じます。
ほんと極めて感覚的な話なんですが、真面目に研究している人もいるかもしれませんね。