2009年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

リンク集など

無料ブログはココログ

クルマ、交通

2009年10月30日 (金)

省燃費運転のクルマが増えている

省燃費運転のクルマが増えている印象があります。

いかに省燃費を実現するかは、原理は簡単でも、実際の運転術としてはなかなか奥が深いのですが、誰でも簡単に出来て、それなりに効果があるのは、アイドリングしない、前方赤信号ならアクセルオフで惰性走行、の二つだと思います。

前者に関しては、コンビニの駐車場などでアイドリングしているクルマはかなり減っているように思います。数年前は、2 - 3分の買い物でいちいちエンジンを切るのはカッコワルイ、とでも思っているかのように、アイドリングが多かったのですが、最近はかなり顕著に減っているように思います。

ただし、「エンジンが冷えている時は、エンジン始動後しばらくアイドリングしてから走り始めるのが良い」という認識の人はいまだに多いように思います。特にベテランドライバーに。キャブレターとチョークの時代の認識を引きずっているのでしょうか。

後者に関しても、最近は目立って惰性走行するクルマが増えて来ている印象です。

私はずっと以前から、というか免許を取って以来ずっと、「赤信号に向かっては惰性走行」をしていました。もちろん、交通の状況を判断した上で、です。

そうすると、私の後ろから来たクルマが、私の自然減速の意味をわかっていなかったり、私の前のクルマが赤信号直前まで定速走行後ブレーキだったり、というのが当たり前にあったのですが、最近はそれが少なくなり、私と同じように惰性走行する人が増えて来ました。

もちろん、まだまだ赤信号に向かってアクセルを踏んでいるドライバーの方が多いとは思いますが、徐々にガソリン無駄遣いのパターンが認識されてきているようです。

先般のガソリン価格高騰も影響してか、テレビや雑誌でも省燃費運転術を目にすることも多くなったのが、ドライバーの啓蒙に繋がっているのでしょう。

クルマ自体の燃費性能に注目するのは結構なことですが、それと同じ位、あるいはそれ以上に、ドライバーによる(運転方法による)燃費の違いにも注目して欲しいものです。

全く何の役にも立っていない、純粋に燃料の無駄遣いだけの意味しかない、アイドリングをしている人は、まだまだはびこっています。

2009年9月27日 (日)

ハイブリッド車のカタログ燃費には意味がない

クルマのカタログに記載されている燃費は、10-15モードまたはJC08モードです。どちらのモードの燃費にしろ、実用燃費の目安になるとは言い難く、実用燃費の倍位の数字になることも珍しくありません。

という話をしようというのではありません。実用燃費とはかけ離れているにせよ、それなりの基準で測定した燃費ですから、それなりの意味(それなり、でしかないが)はあるはずですが、ハイブリッド車の場合、そもそもカタログ燃費には「意味がない」と言っても差し支えないのでは、と思います。10-15モードであっても、JC08モードであっても。

特に、ハイブリッド車と通常のガソリンエンジン車のカタログ燃費を比較するのは、全く意味がないと言っても過言ではないです。

何故なら、ハイブリッド車のカタログ燃費はドーピングが可能だから、です。

10-15モードでもJC08モードでも、ある決められた加減速パターンで走行して、その過程で消費した燃料を計測して、燃費を求めます。で、そのパターンというのは、10分とか20分とかで済むパターンです。つまり、何十時間とか何百キロとかを走るものではなく、「ほんの少しだけ走る」パターンです。

一方、ハイブリッド車は一般に、エンジンの他に電池とモーターを装備しています。燃費テスト開始時に、電池に蓄えられた電力量が100だとしましょう。燃費テストを走った後、電力量が50になっていたとしましょう。そうすると、このハイブリッド車は、ガソリンを消費し、さらに50の電力も消費して、このテストを終えたことになります。

ところが、燃費として計算されるのは、走行時のガソリン消費量だけです。本来なら、50の電力量を100まで充電するのに必要なガソリン消費も加算しなければならないのが道理なのですが、そういう規定はありません。

極論すると、電池に蓄えた100の電力を使い切って、ガソリンを使わずに、テストパターンを走り切ったとしたら、燃費は無限大ということになってしまいます。もちろん、この場合の正当な燃費は、100の充電を行うために消費するガソリンを考慮する必要があります。

もし燃費テストが何百キロにも及ぶものなら、どこかで必ず充電されるし、テスト終了時の電池容量多寡の影響も小さいし、そういうことはあまり考えなくても良いのですが、「ほんの少しだけ走る」パターンだから、電池を消費しっぱなしにすることで、燃費をよく見せることが可能なのです。実際のハイブリッド車の燃費測定時に、走行前後で電池の充電状態がどうなっているのか、メーカーには公表の義務はなかったはずです。

ということで、ハイブリッド車のカタログ燃費は公正さが保証されていませんので意味がない、というわけです。

こういう話、知っている人にとっては「何を今更」の話ですが、知っている人はおそらくごくわずかでしょうね。

2009年6月30日 (火)

エコカーの問題点

電気自動車やハイブリッド車の一部には、安全上の問題点があります。そして、昨今のエコカーブームで、これまでは実害があまり伴っていなかった問題点が顕在化する可能性があると思います。

電気モーターで走行している時に、極めて静かなのが問題なのです。1トンを超す重量物が40Km/hとかそれ以上のスピードで運動しているのにもかかわらず、その運動に伴う音はほとんどなきに等しく(まあ、実際は色々な音が出ていますが、普通のクルマに比べたら、人間の感覚的には無音に近いと言っても過言ではないでしょう)、歩行者にとって、後ろから近づいて来るクルマを認知出来ないことが危険と看做される、というわけです。

私も歩行中に後ろから来たプリウス(モーター走行していた)にヒヤッとした経験があります。エンジン音が聞こえれば、クルマの接近を認識して、それなりに注意を払った行動を取るのでしょうが、無音であるがゆえに、意図せずしてクルマの直前に飛び出すような行動を取らないとも限りません。

こんなこと、何年も前から言われてますから、この危険性について、メーカーは当然認識しているはずです。でも、今のところ、知らんぷりしているようですね。行政が何か言わない限りは、自分から対策を打つという考えはないように見えます。

これまでは、プリウスのように無音で走るクルマの絶対数が少なかったため、危険性の指摘はあっても、実際にそれで事故になったケースは、そんなに多くはないと想像されます。でも、ここんとこのプリウスの売れ具合を見ていると、危険が現実になる日も遠くないのでは、と思います。

モーター走行中は疑似エンジン音を出すような装置は、技術的には簡単に開発出来そうなものですし、コストだってさほどかからないでしょう。でも、そういう装置が付いてないってことは、メーカーが本気で対策を考えていないってことではないかと思います。

もちろん、Webなどで、そういう危険があることを公に認めるわけでもありません。無音自動車のドライバーは「前にいる歩行者や自転車は、自分の存在をないものとして行動する」という前提で運転する必要があると思うのですが、CMなどでカタログ燃費を喧伝し、エコなイメージを誇張するだけで、そういった運転マナーを啓蒙するわけでもありません。

ここ2 - 3年の間に、無音自動車の危険性の問題がかなり大きく取り上げられることになるのでは、と思っています。もう少しして、無音自動車の危険性が統計的に立証されたら、保険料が高く設定される、なんてこともあるかもしれません。

エコは大いに結構ですが、明らかな危険性について、メーカーも行政も何も手を打っていないのは問題です。後で「そういう危険性は想定外だった」とでも言うつもりでしょうか?

2009年6月12日 (金)

思いやりパッシング

先日、静岡県を運転していた時、幹線道路の上を横断するように設置された電光掲示板に「思いやりパッシング」云々と出ていました。第一印象は「何だそりゃ?」です。

「思いやりパッシング」というのは、右折待ちのクルマに右折を促すような時に使うパッシングのことなのか、と思っていたのですが、実際はそういう意味ではなかったようです。

詳細は静岡県警のページを見てもらうとして、要するに、静岡県では、信号のない横断歩道を渡ろうとする歩行者の存在を、パッシングによって対向車に知らせましょうという運動をしているのです。

誰がこんなことを考えて、誰が承認したんでしょう。責任者出て来い、です。

交通法規やルールやマナーは、日本全国共通であるべきですし、可能な限り世界共通でもあるべきです。「思いやりパッシング」のようなローカルルールを作ること自体が、混乱を招き危険を招くことは自明でしょう。交通に関しては、どんなに優れたルールでも、それがローカルであることが悪です。静岡県が勝手にやって良いことではありません。

次に、パッシングを本来の意味で使っていないことも問題です。サンキューハザードも道を譲る意味のパッシングも、本来の意味でシグナルを使っていませんが、「思いやりパッシング」も全く同様です。それらは本来のパッシングやハザードの意味をどんどん変質させ、一般のドライバーをマインドコントロールして「譲ってやったのに、ハザードも出さないとは何事だ」などという間違った思い込みに導くのです。本来の使い方以外の使い方をしない一握りの優良ドライバーが、優良ではなく思われるわけです。

さらに言うなら、実態としては譲る意志の表現としてのパッシングが無視出来ない程に広まっているわけですから、それをそのまま放置しておいて「思いやりパッシング」をしたら危険です。対向車が横断しようとしている歩行者に気付いていないので「思いやりパッシング」をしたら、歩行者は「渡れ」の合図だと思って急いで渡ってしまう、ということが起こる可能性があります。

警察としたら、ローカルルールや本来の意味と違うシグナルの使い方を抑制するような運動をするのがスジだと思うのですが、静岡県警はまったく逆のことをしています。どうしてこういうことになったのか、静岡県民ではありませんが、説明してもらいたいものです。

2009年6月 3日 (水)

トータル燃費という考え方

昨年のガソリン価格高騰や、ここのところの不況で、一般に省燃費に対する意識が高まって来たのは良いことです。ただ、ハイブリッド車は万能ではなく、得意と不得意、メリットとデメリットがある、ということは、もっと啓蒙すべきでしょう。

例えばフォルクスワーゲンは、小排気量ターボ過給エンジンにデュアルクラッチ式のトランスミッションを組み合わせ、従来の同等車種に比べて20%程度の省燃費に成功している(カタログ燃費ではなく、実用燃費で)のですが、その意義の大きさというのは、その技術はほとんど全ての車種に適用可能であり、実際に適用を進めている、ということにあります。

販売台数の上では「ごくごく一部」のハイブリッド車とは、思想が根本的に違うわけです。特定の条件下ですごく燃費のいい車を少しだけ作るよりも、全車種に素早く適用可能な実用燃費向上技術で、社会全体のトータル燃費を実効的に向上させる、という考え方です。もちろん、適材適所としてのハイブリッドを否定するものではありませんが、ハイブリッドを必要以上に高評価する必要もありません。

一方、省燃費意識の高まりと共に、省燃費運転技術についても注目を集めるようになってきました。正直、「何を今更」的なことばかりなのですが、まあ、注目されるのは悪くありません。

色々な省燃費運転のコツがありますが、とりあえず初心者向けには「赤信号が見えたらアクセルオフ」と「アイドリングはしない」をオススメします。この二つが出来ていない人は、この二つを意識するだけで、燃費向上が実感できると思われます。

さて、省燃費運転にもトータル燃費という考え方は適用可能かと思います。つまり、自分の燃費を良くする運転だけではなく、自分の周囲の燃費を良くする(実際は「悪化させない」が多い)運転のことです。

例えば、右折信号待ちの先頭の車がもたもたしていたせいで、本来なら5台が右折出来るのに実際は2台しか右折出来なかったとしたら、その分、待たされた人の燃費は確実に悪化し、トータル燃費も悪化します。原因は先頭の車がもたもたしていたせいです。

右折待ちしている時、右側に寄るのが不十分だったため、後続の直進車の進行を妨げていたとしたら、それもトータル燃費悪化です。高速道路のゆるい登り坂でスピードが低下し、渋滞を発生させたら、それもトータル燃費の大幅な悪化です。自分の周囲の燃費を悪化させる例は、まだまだ山のように上げられます。

これまで、自分の周囲の車の燃費を悪化させる運転に対して、あまりあれこれは言われて来なかったと思うのですが、これからは、そういう視点も必要かと思います。もちろん、安全性の確保との両立は当然のことで、無茶して右折しろ、とかいう話ではありません。

実際、自分の燃費を良くする運転も重要かと思いますが、周囲の車の燃費を良くする運転は、周囲の交通の効率を上げる運転でもありますから、より重用視されてしかるべきかと思います。

2009年5月21日 (木)

手をあげて横断歩道を渡りましょう?

最も有名な交通安全標語は「手をあげて横断歩道を渡りましょう」だと思いますが、先日、クルマを運転していたら、その通りの光景を目にしました。

小学校低学年と思われる児童が10人以上、先生らしき人に引率されていて、歩行者信号のある交差点を渡る時に「手をあげて横断歩道を渡りましょう」をしてました。

より詳しく言うならば、歩行者用信号が青になるまでは歩道で待ち、青になったら手をあげて、一列縦隊で横断歩道を渡っていた、ということです。

どーして将来ある子供達に、こーゆー無意味なことをさせるかなあ。無意味以上にマイナスですらあると思うんだけど。

そもそも、「手をあげて横断歩道を渡りましょう」の意味は、「私は横断する意志があります」ということをドライバーに示すために手をあげて(つまり歩行者用信号はないという前提)、クルマが停車してから横断歩道を渡りましょう、ということであって、「横断中に手をあげましょう」ってことじゃないでしょ?

まして、歩行者用が信号が青で、クルマは停止しているんですから、手をあげる意味なんてほぼありません。

歩道のない道を歩く時に、右側を一列縦隊で歩くのは重要なことですが、横断歩道を渡る時に一列縦隊になるのは、むしろダメでしょう。後の方で渡る人が、信号の変わり目で無理な横断をする可能性を誘発しますし、横断によって自動車の左折や右折を止めている時間を最小にするのが、エコであり全体最適というものでしょう。

つまり、横断歩道を渡る時は無理のない範囲で、二列でも三列でも、どどっとでもかまわない、ということです。

子供だってバカじゃないので、こういう意味のないことをやらされていると、その意味のなさに気付きます。誰もやってないことにも気付きます。交通安全教育で教えられること全体を軽く見るようになるかもしれません。オトナの言葉でいうなら、「どーせ、建前を言っているんでしょ」的な感覚になっても不思議はありません。

歩行者用信号がある横断歩道を手を挙げて一列縦隊で渡る事を指導するよりも、もっともっと重要で本質的で実用的なことは山ほどあるはずです。横に広がって歩く事の危険性、飛び出しをしやすいパターン、自転車の右側通行、一時停止無視、信号無視、並列走行などの危険性、クルマに乗ったら必ずシートベルト着用、などなど、いくらでも思い付きます。

日本全体でダメダメな交通マナーは放置しておいて、意味のない「手をあげて横断歩道を渡りましょう」を教えたって、子供達には何のプラスにもなりませんし、前述したように、交通ルールそのものの軽視すら誘発しかねないのではないかと感じています。

2009年3月14日 (土)

クルマの色と事故率の関係

曖昧な話で申し訳ないのですが、いつだったか、ドイツかどこかの保険会社の調査結果か何かで、クルマの色と事故率の関係、というデータを見たことがあります。

クルマの色で事故を起こす確率が違う、ということです。それも、かなり顕著に違いが出ていました。事故率の最も高い色と最も低い色で、事故率の数字が倍以上違っていたはずです。正確に記憶はしていませんが、白、赤、黄色、シルバーあたりが事故率の低いクルマで、黒、グレー、紺あたりが事故率の高いクルマというような結果だったと思います。

クルマの色で事故率が違う理由は、視認性の違いということに尽きるでしょう。乱暴に言うなら、目立つ色のクルマは事故率が低く、目立たない色のクルマは事故率が高い、ということです。ドライバーの行動が同じなら、目立つ色の方が避けてもらいやすいでしょうから、当たり前と言えば当たり前です。

私はクルマの色と視認性の関係をいつも感じていましたので、このようなデータを見て、「やっぱりな」と思ったのですが、中には「クルマの色で事故率が変わるなんて」と驚く方もいらっしゃることでしょう。

皆さんも意識して見ているとわかると思いますよ。雨が降ってアスファルトが濡れて黒っぽくなり、ウィンドウやミラーに水滴がついて、なんていう状況では、黒や濃いグレーのクルマの視認性は、白や赤のクルマに比べて絶望的に低いと感じられます。夕暮れ時にライトを点けていないクルマの視認性も、色によってかなり違います。

「雨が降ったらヘッドライト点灯」とか「薄明るい時でもスモールライトではなくヘッドライト」というのは、世界の常識ですが日本では非常識扱いです。パトカーも教習車もそういう常識がないですから、一般ドライバーにあるわけありませんわな。

そういう常識があるドイツ(だったとして)ですら、クルマの色と事故率に顕著な差が見られたのですから、非常識の国である日本では、もっと大きな差があることが予想されます。つまり、ヘッドライトを点灯することで、色の視認性の低さがかなりカバーされるのに、それでも差があるのだから、日本ではもっと大きな差になるのでは、ということです。

日本におけるクルマの色と事故率の関係を調査した結果があるのかどうか知りませんが、少なくとも、充分に広く知られているということはないでしょう。私見ではありますが、きちんと調査したら、びっくりする程の事故率の差が出て来るんじゃないかと思います。

クルマの色を何にしようかと迷うのは楽しいことですが、視認性の高さという要素を加味して色を選ぶ、ということも必要なことでしょうね。私はもちろん視認性を考慮して選んでいます。ただ、色毎の視認性が50とか100とかいう数字で表わされているわけじゃないので、感覚的に判断しているに過ぎませんが、それでも何も考えないよりは良いでしょう。

2009年2月27日 (金)

エコなハイブリッドカーの気になる点

先日発表されたホンダのインサイトの売れ行きが凄い勢いらしいですが、ホンダのためにも日本経済のためにも、良いニュースだと思います。

ガソリンエンジンと電気モーターの双方を使って走るクルマをハイブリッドカーと呼んでいます。一般的には、燃費が良くてエコなクルマ、とされています。まあ実際、特に都市部では燃費は良いと思われます。そういう意味ではエコであることに異論はありませんが、少々気になる点もあります。

ハイブリッドカー特有の部品の一部に関して、リサイクルのメドが立っていない、なんていう話もありますが、マスコミはそういう点もきちんと報道していただきたいものです。

という話が本題ではなく、私が気になっているのは、スタイルというか、正確にいうならパッケージングです。インサイトはルーフが後ろ下がりになっているハッチバックスタイルです。誰が見ても後席の居住性が犠牲にされていることが明白です。

このパッケージングは、インサイトよりも先に、同じくハイブリッドカーであるプリウスも採用しています。つまり、日本を代表する2つのハイブリッドカーが揃って、後席の居住性を犠牲にしたパッケージングを採用している、ということです。

ホンダとしては、いつもトヨタにコピーされてばかりで癪だったから、インサイトはプリウスのコピーをした、というわけじゃないにしろ、先行して売れているプリウスのスタイルを意識しなかったはずもありません。

エコを標榜するのなら、後席居住性を向上させて、出来るだけ多くの人が快適に乗れるようにして、4人の大人が2台のクルマに分乗する、なんてことにならないような考え方が欲しいものです。今のプリウスやインサイトなら、2台に2人ずつ乗って行こう、なんてことになりかねません。1台に4人と2台に2人ずつ、どちらがエコかは言うまでもないですね。もちろん、最初から2人乗り専用車を作るというのなら、話は全然別です。

怖いのは、ユーザのエコなクルマのイメージが、あの後ろ下がりハッチバックになってしまうことです。あのパッケージングはエコなファミリーカーとしては絶対にあり得ないパッケージングです。CR-Xじゃないんだから、あれはないでしょ。メーカーは空力性能が云々言いそうですが、それは時速何キロでの走行のことだ、と問いたいですね。

現在のプリウスではなく、その前の初代プリウスのパッケージングは革新的独創的で、本当に素晴らしいものだったのに、二代目になって一気に後退というかプラスマイナス逆転してしまいました。それでも、より売れたのは今の二代目プリウス。良い物を見る目のない消費者が、良くない製品を世の中に出す手伝いをしている、という構図があります。

個人的には、今のインサイトが出る前、「今度のインサイトは、プリウスとは全然違う効率的なパッケージングで勝負して欲しい」と思っていたのですが、見事に裏切られました。ホンダがフィットやオデッセイで見せたパッケージングと走行性を両立する技術は、インサイトには生かされていない、という見方になってしまいます。技術の問題ではなく、作る側の志の問題ではないかと思いますけどね。

ハイブリッドカーには興味がなくもありませんが、今のプリウスやインサイトのパッケージングでは、絶対に買う気にはなれません。

2009年2月16日 (月)

自転車とおじいちゃん、おばあちゃん、高校生

先日、クルマに乗って信号待ちをしていた時のこと。

おじいちゃんが乗っていた自転車が私の脇を通り過ぎ、しゃきっと右手を上げて、右折の合図。そして右折。しゃきっとした動作は年齢を感じさせないもので、それはそれで好感が持てたのですが・・・

おじいちゃん、右折の合図をするのは良いんだけど、その前に右側通行は危険だから止めた方がいいと思うよ、と私は心の中でツッコミを入れてました。

自転車で右左折の合図をする人なんか、めったにいません。つまり、めったにいないほどに、安全運転意識が高い、とも思えるのですが、そういう人であっても右側通行しちゃうんですね。

その日とは別の日ですが、私は自転車に乗っていて、歩道上で信号待ちをしていました。私は普段、原則として歩道は走らないのですが、その交差点は変形交差点で、狭い道も交差していて、歩道上で信号待ちするのが良いと判断したからです。

私はあえて、ある方向の通行に邪魔になるように自転車を止めていました。あえて、です。その方向の歩行者用信号が赤だったこと、でもその信号を無視する自転車が多いこと、そして、信号無視されると、青で進入して来るクルマはその自転車を発見しにくく、極めて危険な状態になりやすいことが、そういう風に自転車を止めていた理由です。私はそこで何回か、クルマで危険な自転車と接近遭遇してます。

そんなところに、おばあちゃんの乗った自転車が通りかかりました。おばあちゃんは私が塞いでいる方向に行きたいようです。でも、信号は赤ですし、信号無視をしたら、死角から来るクルマと衝突するリスクが高いです。

おばあちゃんは、私が道を塞いでいることに抗議するように、言葉にならない声を発し、私が塞ぎ切れていないスペースを通り抜けて、死角からクルマが来るかもしれない赤信号に突入して行きました。そこは本当にマジで危ない交差点なので、私は「危ない! 赤信号!」と叫んだのですが、おばあちゃんは「ああーー」などと言いながら、そのまま渡ってしまいました。

まあ、幸いにしてクルマは来なかったので、おばあちゃんは無事でしたけどね。安全を確認した上での信号無視ならともかく、安全が確認出来ない状況での信号無視ですから、極めて危険なのですが、おばあちゃんには信号無視をする意識すらなかったんでしょう。ただ単に走っているだけ、です。交通法規なんてことは意識の外なんでしょうね。

因みに、たまたまおじいちゃんとおばあちゃんの話題ですが、年配の方の自転車マナーが特に悪いわけじゃないと思います。マナーの悪さは老若男女共通で同レベルでしょう。

ただ、一番危険なのは高校生の自転車ではないかと思っています。マナーの悪さは同じでも、そのマナーの悪さに、スピードが加わりますから。クルマを運転していても、マナーの悪いおじいちゃんやおばあちゃんは、ゆっくり走っているので、また回避しようがあります。でも高校生の自転車は、フルスピードで、時に集団で、かつ安全確認などなしで信号無視や一時不停止しますからね。タイミング次第では回避不可能でございます。

2009年1月 7日 (水)

カーシェアリングに思う事

昨今はクルマを個人所有するのではなく、複数で共有する(シェア)パターンが増えているとのこと。いわゆるカーシェアリングですね。当然、特定の個人ベースでの共有もあり、カーシェアリングをビジネスとして運営しているところもあり。

個人的には、今のところカーシェアリングをしたいとは思いませんが、その価値は理解できますし、特に大都市圏においては、ニーズも大きいものと思います。

このカーシェアリングについて、問題点なのか、もしかしたら現状改善のきっかけになるのか、どちらか判断が難しいことがあります。

それは、運転者のドライビングポジションに関してです。シートの前後、高さ、シートバックの角度、ヘッドレストの位置、ハンドルの角度と前後、などなどを、運転者の体格に適切に合わせることは、運転という行為の最も基本的なことです。

ところが、現在の日本ではそれがあまりにも悲惨な状況。とある著名なドライビングインストラクター氏は、「日本のドライバーの99%が不適切なドライビングポジションで運転している」と言っています。私の個人的感覚でも、99か95かはともかく「ほとんどのドライバーがダメ」という意味では同じです。

それも、50%位は「とんでもなくダメダメ」という程に悲惨きわまりないです。ソファに腰掛けるようなそっくり返りポジションとか、ハンドルの中から前を見ている程に頭の位置が低いとか、「あんな格好でマトモに運転出来るはずがない」と思えるような人が半分いるわけです。教習所でもきちんと教えてないですから、仕方ないと言えば仕方ないのですが。もし、全ドライバーが適切なポジションで運転したら、事故はかなり減ると思うんですけどね。

で、そういう現状でカーシェアリングです。体格の全然違う人が一台のクルマを共有です。

さて、どうなるでしょう?

「ドライビングポジションを適正に合わせよう」という認識が強くなり、悲惨な現状がちょっとは改善するのでしょうか?

前の使用者のポジションのまま運転する人が多く、総体的には、ますますひどいポジションになっていくのでしょうか?

「ドライビングポジションを適正に合わせよう」という認識は強くなっても、何が適正なのかが分からないので、結局は改善されないのでしょうか?

二番目にはなって欲しくないのですが、さてさてどうなることやら。